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命の重さ

2011.06.14 18:06|暮らし

週末、義姉家族が泊まりに来たので、雄鶏を一羽さばきました。

この記事は、残酷な場面もあるので、
きもの以外のことを書いている別ブログのほうに載せていましたが、
こちらでは、具体的な捌きかたではなく、感じたことを書きたいと思います。
遠めですが一部画像がありますので、苦手な方はこの先はお控えください。




P6110008.jpg

ヒヨコから2年育てた雄鶏のコー君です。


P6110015.jpg  P6110024.jpg

子どもたちは、はじめは怖がっていましたが、ずっと目を逸らさずに見ていて、
羽をむしるときは進んで作業に加わっていました。



P6110034.jpg

内臓と手羽先、胸は焼き鳥に。
焼き鳥は硬くて、残念ながら食べにくかったです。
私は苦手なので食べませんでしたが、内蔵は絶品だったそうです。

P6110033.jpg  P6120002.jpg

ガラはスープにしました。
スープはとてもよい出汁が出ました。

P6130020.jpg

モモはトマト煮に。
4時間くらい煮込んだらほろほろに柔らかくなりました。
きっと、昔の人が食べていた鶏肉も、こんな味だったのだろうと思います。

実際にさばいてみての感想ですが、
生きている首に刃物を入れるのは精神的に重いものがあり、頻繁にできるものではないなと感じました。
野菜もお魚もお肉も、ひとつの命には変わりありませんが、
野菜をひっこ抜くのと鶏の首を切るのでは大きな違いがありました。
我が家はよく釣りをするので釣魚の生け〆もしますが、比べ物にならない重さでした。
昔は家畜は普段は食べず、祭りやお客さんが来たときなどにさばいて振舞っていましたが、
そういう特別なときにみんなで食べる、というのが一番ちょうどいい気がします。
現代は、スーパーに行けばお肉も野菜も同じように手に取れるので麻痺しがちですが、
今回感じたことを、いつも心に留めておきたいと思いました。

反面、「怖い、かわいそう」から「お肉だ~」になるまでの心の変化の中に
命を戴くことへの罪悪感と、それでも食べたい、美味しいと感じるという、
良い意味での生への執着も感じました。
人間には本来狩猟本能があり、今はその能力を一切使わずとも生きていけるけれど、
地震や原発事故で根本的な安全が危ぶまれている現在、永遠にそれが続くとは限りません・・・
今後もし大規模な食糧難になったとき、
自ら野菜を育て、魚を捕り、雉や兎を捕まえて料理できるくらいの逞しさを身に着けてほしい。
それが、未来を案じる親からの願いです。



さいごに・・・

P6130004.jpg

コー君の尾の羽で、ドリームキャッチャーを作りました。

和室にはちょっと不釣合いですが、コー君が生きた証です。

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テーマ:撮影記録
ジャンル:趣味・実用

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季節の移り変わりを感じながら、古き良き日本に倣って暮らしたいと願う一主婦のブログです。
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